色々な魚にとって良い川かどうかをざっくり示す指標EEDをつくった

アイキャッチ, nature-eed02 Nature

物理生息場モデルは種ごとに良い川かどうかを計算します。それが美点でもあり、また面倒の元でもあります。EED(Eco-Environmental Diversity index; 生態環境多様性指数)は、できるだけ簡単・安価に魚にとって良い川かどうかを判定するためにつくった指標です。

日本ではなかなか物理生息場モデルが普及しない・・・

PHABSIMに代表される物理生息場モデルは、世界的に広く受け入れられてはいますが、日本ではまだまだ普及しているとは言えません。精度を上げようとすると非常にメンドウになる、ということは既に述べましたが、普通の物理生息場モデルであっても、まず守るべき種を決め、その種のHSCを入手する(=調査研究が必要なことも多い=お金も時間もかかる)という、事業をする側にとっては結構難しい課題があるのです。日本ではこうしたモデルによる定量評価が法令で求められていないこともあって、結局あまり実用されない、ということになっていると思います。

SKラボは、モデルによる事業前の予測評価がなされないことが、国交省の言う「課題の残る川づくり」の一因だと思ってきました。もっと簡単に、安価に、生息場評価ができるようにしたかったのです。

EED:物理生息場モデルの知識を取り入れた環境多様性指数

環境の多様性が高ければ、良い生息場なのではないか、という考えは誰でも持っていたと思います。SKラボもいろいろ試算してみたのですが、何の多様性を計算すれば良いのか、なかなかわからなかったのです。そこで、初心にかえって、それまでに集めてきたいろいろな魚種の生息場適性基準HSCを全部並べて考えてみました。それが下図です。青と赤で描かれた縦棒1本1本が、1魚種のHSCで、赤色の範囲が最適(SI=1)の範囲、青色の範囲が生息可能(SI>0)の範囲を示しています。

たくさんの水深についてのHSCを収集して並べてみた
たくさんの水深についてのHSCを収集して並べてみた

この図を眺めていてふと思ったのが、赤色と青色の意味です。物理生息場モデルの精度をあげる研究で、夜と昼ではHSCが変化することがわかっていました。そしてもう一つ思い出したのが、HSCは現地調査など昼間行われた研究で求めているものがほとんどであることです。そうすると、上図では青色で描かれた部分でも、異なる行動モードなら赤色になったりするのではないのか?それなら、多くのHSCに共通する青と赤の境目で閾値を決めて、いくつかの環境条件(上図では水深)の範囲を決めてやれば、異なる行動モードに対してどれか1つが最適になると考えられるのではないか?その環境条件の範囲の多様性を指標にすれば良いのではないか?

そんなふうに考えて作ったのがEEDです。環境条件としては、物理生息場モデルと同じく、水深、流速、底質を選びました。また、物理生息場モデルでは底質ではなく河道係数という名称で底質と植生やその他の条件を1つの項目に押し込めていましたが、EEDでは、これまでのSKラボの研究で特に隠れ場として重要だと思った植生の有無を、底質とは別に第四の指標としました。環境条件の閾値で区切られた「範囲(カテゴリ)」の数は、2つではHSCとの対応が悪すぎるが多すぎれば行動モードとの対応関係が薄れると考えて3つにしました。

下図右のように、水深、流速、底質については黄、青、赤の3カテゴリ、植生については有・無の2カテゴリを考えると、ある場所には3×3×3×2=54通りの環境型の1つが当てはまることになります。下図左のように対象フィールドに均等に分布した点を考え、各点の環境型を求めて、計算対象の点を中心とした魚の行動圏の円内の各点の環境型の多様性指数をその点のEEDとしました。

EEDの計算方法
EEDの計算方法

EEDは魚の何と関係があるのか

EEDは「環境の多様性が高ければ、良い生息場」というコンセプトを式にしただけのものですから、実際に魚の何らかの状態と関係があることを実証しなければなりません。そのために多くの河川で調査を行いました。下図は、ある河川の異なる3か所のオイカワの行動圏程度の範囲(=高々20m程度の区間)でEEDと魚の生息密度、魚種数を調べた結果です。下図上の茶色の濃淡は、水深と流速について、その範囲が最適となる魚の種数が多いほど濃く彩色したものです。プロットされた点は、その区間内に均等分布した測定点の水深・流速であり、底質と植生の状態は点の色と形で表現しています。つまり、物理生息場モデルの観点からは、区間内の測定点が濃い茶色の部分に集中するほど生息密度が高くなるはずです。しかし調査結果は、むしろ測定点が薄い茶色の部分を含む広い範囲に分布するほど(=EEDが高いほど)生息密度も種数も大きくなったのです!

下図に別の河川の例を示しましょう。この川でも、EEDが大きいほど魚種数が大きくなっています。ただこの川では、生息密度はEEDが高いほど小さくなったのです。実は、右端の区間はホタルで有名な場所で、ホタルとその餌であるカワニナが高密度で生息しています。このため一次生産である付着藻類が魚ではなくカワニナへと移行していると考えられるのです。

実際にはほとんどの調査河川で、EEDが大きくなれば生息密度も大きくなるのですが、この川のように検討対象となっていない生物などの影響がある場合、EEDと生息密度が正の相関を示さないという事例もあるのです。しかしそのような場合であっても、EEDが増えた時に魚種数が減った事例はありませんでした。つまり、環境多様性の一指標であるEEDは、生物多様性の一指標である魚種数と正の相関があるということです。

下図はEEDと魚種数の関係を複数の河川についてプロットしたものです。この図を眺めると、ばらついているように見えますが、プロットの形が同じものは同じ河川の別区間での調査結果であり、同じ河川で見た場合、EEDが増えて魚種数が減った事例はありません。つまり、川が違えば水質その他の条件が変わるので、魚種数のベースは変化するかもしれませんが、その他の条件が似ている同じ河川で見れば、EEDが増えると魚種数は増えるのです。現在では別の河川でも調査した区間が増えていますが、このEEDと魚種数の関係は崩れていません。

ちなみに元の論文では、「EEDが0.1増えると1魚種増える」と言っていますが、多様性と種数が理論的に直線的な関係があるはずはありません。単に調査した範囲でその程度の関係があった、という、簡易指標としての目安だと理解してください。また図の赤色プロットは目視でも多様な環境に見えることを示しているのですが、主観的な判断ですので参考程度に見てください。

まとめ

水質などのEEDでは考慮していない環境条件が似ている河川区間では、EEDが大きくなると魚種数が増えることが示されました。つまりEEDは、同じ場所の水深・流速・底質・植生が変化する、河川改修の影響評価にぴったりな簡易指標だということです。普通の河川改修では特に守りたい魚種が特定できることは少なく、ざっくり「魚」に良い環境であることをアピールできれば良い、という意味でも適しています。

未解明の課題としては、EED算定に影響する行動圏の大きさは魚の体長に影響されるため、優占魚種の体長が大きく異なる地域で現在と同じ行動圏の大きさを使って計算したEEDが通用するか、という疑問があります。環境多様性と生物多様性の間には、もともと数式で表現できるような明確な関係はないはずなので、逆に少々行動圏に違いがあっても現在のEEDの式のまま通用する可能性は十分あると考えているのですが、検証は必要だと思います。鋭意努力中ですので解明できたら報告します。 Have fun!

コメント

タイトルとURLをコピーしました