物理生息場モデルでは魚の分布が説明できない場合がある

アイキャッチ, eed01 Nature

https://sk-lb.net/nature-hep/物理生息場モデルを紹介しましたが、SKラボの調査で魚の分布が説明できない場合があることがわかってきました。その理由と対策を解説します。

物理生息場モデルがうまくいかない!

HEPやその河川版であるPHABSIMの考え方は、世界的にも受け入れられていますし、SKラボのホタルの調査研究でもホタル幼虫の分布をよく説明できました。でも、魚の分布がよく説明できない例も出てきたのです。

下図は、ある河川でのSKラボの調査で、オイカワの分布をPHABSIMで説明しようとしたけどうまくいかなかったものです。PHABSIMで計算された生息場の価値と魚の密度がまったく合っていない、というかむしろ逆相関じゃないかという結果ですよね・・・。

PHABSIM相当の物理生息場モデルでオイカワの分布が説明できなかった
PHABSIM相当の物理生息場モデルでオイカワの分布が説明できなかった。

当時、SKラボも悩みましたが、思い出したのは、「アユは日中は瀬で摂餌するが、夜には流れのゆるやかな場所で静止している」という有名な観察です(川那部浩哉ほか,「遡上アユの生態」, 京都大学理学部生理・生態学研究業績第79号, 1956年)。このため日本では、摂餌場と休息場としての瀬と淵が重要であるという認識があります。しかし物理生息場モデルにはこのような2つの異なる環境の位置的関係はまったく考慮されていないのです。

魚の選好性は昼夜や季節で変化する

そこで実際に魚の選好性が昼夜や季節で変化するのか実験してみました。具体的には、下図のようなU字迷路型水路を用いて、左右の水路に異なる流速を与え、オイカワがどちらを好むかを、昼夜、夏冬で実験してみたんです。

U字迷路型水路
U字迷路型水路

下図は、昼夜ぶっ通しで4日間魚の分布を観察した結果です。確かに夜は低流速を好むようです。

昼夜で魚が好む流速が変化する
昼夜で魚が好む流速が変化する

下図は夏冬の実験結果です。冬は全体に低流速を好むようですね。

ばらつきは大きいですが、HSCを作成してみると下図のようになりました。

確かに昼夜、夏冬で選好性が変化しており、夜は休息できる場所を好む、と言える結果が出ました。この研究では、この摂餌や休息という異なった行動様式を、行動モードと名付けました。

魚には行動圏がある

次に、瀬と淵、摂餌場と休息場が近接していることの価値をどのように表現するかです。これを考えるために、「魚の行動圏」というものを導入しました。そして、ある場所の魚にとっての価値を考える場合に、ある場所にいる魚の行動圏内に、摂餌場と休息場として価値が高い場所が存在していれば、その場所の価値が高くなる式を考えました。(ややこしい式なので、ここでは式は敢えて書きません。)行動圏は魚の体長から求められることもわかりました。

感知可能な範囲の中で、現在魚がいる場所からの距離で摂餌場の価値、休息場の価値を重み付け平均する
感知可能な範囲(=行動圏)の中で、現在魚がいる場所(評価地点)からの距離で摂餌場の価値、休息場の価値を重み付け平均する

行動モードと行動圏を導入するとオイカワの分布が説明できた!

この行動モードと行動圏を組み込んだ物理生息場モデルでオイカワの生息場の価値を計算したのが下図です。白四角と黒四角の違いは、一方は摂餌モードと休息モードのみを考慮、他方はここでは説明していない他のモードも考慮したものですが、いずれにせよ、PHABSIM相当のモデルと比べてはるかに良く観察結果を説明できました。

結論とその後

以上からわかることは、ある程度の大きさの行動圏を持つ生物の分布を考えるには、摂餌や休息などの異なる行動モードごとの選好性を考えなければならないということです。逆に、自発的な移動量の小さい水生昆虫や稚魚、あるいは産卵場の環境を考える場合には、PHABSIMのような物理生息場モデルが適用できる可能性が高いということです。

SKラボ
SKラボ

当時は、「さあこれで、魚の分布の秘密は解明したぞ!」と思ったのですが、実際には、この研究成果はまったく利用されませんでした。それどころか、SKラボ自身、それ以降は使用しなかったのです。なぜなら、対象魚種ごと・行動モードごとの選好性(=HSC)を決めることがメンドウすぎたからです。ここにきて、SKラボの魚の分布研究は停滞してしまいました。(トホホ・・)

その停滞を打開したのがEEDです。 次稿に乞うご期待! Have fun!

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